友人が記録魔だ。僕は記録を全く取らない。
しかし記録を取る友人と取らない僕の現状を比べてみると、確実に差がある。
記録を取っていると、「この作業にはこれくらいかかった」という目安になる。新しいプロジェクトに取り組む時もゴールへの予想がつく。実際友人は記録を生かしてタスクを効率的にこなしているように見える。
「自分はこういうタイプなんだ」と分析する材料にもなる。季節によって作業のスピードに差がある、冬が好きで暑いと感受性が弱まるのだとか、そういった自分の傾向を知っていると長期的な対処もできる。
あと記録を見返すと単純に楽しい。この曲を書いたのは何年で、自分がどういう状況にいてどう書いたのか。記録を取らない僕は自分の作品がどうやってできたか、他人の作品の気がするくらい覚えていない。
僕も記録をつけたい。続かないだろうけど。記録を取らないと死ぬまでに出来ることが減りそうだ。
とりあえず今日は何をしたか。
珍しく朝からテキパキ動いて、午前中には一通りやるべきことをこなし、お昼にはスーパーに買い物に行き、午後からは余裕を持って他の作業ができている。朝起きたらすぐに机に座ることが大事。座ることこそ全て。
そういえば最近両手の人差し指の第二関節が痛い。ギターを弾いていても痛い。バス釣りのせいなのか、それならしょうがない。しかし毎日触れまくるキーボード(文字入力の方)が安物ですごく打ちにくく、ミスも多いし長時間タイプしているといろんなところに負荷がかかっているのがわかる。とりあえず久しぶりにApple純正のMagic Keyboardを使ってみることにした。明日届く。ワイヤレスなのでポートも一つ空くしちょうど良い。これで痛みが引けばいいけど。釣りのせいなら諦めよう。
久しぶりだから思いつくことは書いておこう。次は無いかもしれないし。
世の中がある意味普通の状態にない時、すごくイライラする。事態を打開しようとテレビや巷で喧々諤々やっているのがほとんど近視眼的で的外れに見えて、本当にみんな、最大量の幸せを考えているのか?などど思ってしまう。人々の振る舞いが何百年も前の哲学書にぴったりはまっているように見えて、悲しくなる。10年前もそうだった。去年からもそうだ。
ただ10年前と違うのは、自分がなぜこういう時にイライラするのかを論理的に説明できるようになった事だ。これで「モヤモヤしてイライラ」から「論理的にイライラ」にステップアップした。これで健全にイライラできる。
一番大きな出来事といえば、2021年5月9日に我が家に黒猫がやってきた。先輩が猫を保護してくれる人を探しているタイミングで、なんと我が家がペット可になった。運命的。
猫を買うのは初めてで、今までは完全に犬派だった。不安もあったが飼ってみるともう、とにかくかわいい。親バカを発揮して2種類のオリジナルTまで作った。飼う前の生活はなんて無機質だったんだろう、と思う。いや、飼う前ではなくて飼われる前かもしれない。
猫が来た事で生活習慣も改善、お酒も減って早寝早起きになった。いい事づくめ。
とりあえずこれくらいか。「いい文章を書こう!」と意気込まずに、「記録を取ろう」だと気軽にやれそうな気がする。幸か不幸かここを覗いている人もそんなに居ないだろうし、行動記録的なノリでやってみよう。
ちなみに画像は帰り道に見かけた猫で、うちの猫ではない。
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